冰峪沟

　大連に来て、５日目。天気は曇りだが、心配した雨は降っていない。
　よかった。
　これで今回の大連旅行の目玉、冰峪沟が中止にならずに済む。本当なら、大連に来て、３日目の５月３日に行く予定だったが、あいにく、その日は朝からの大雨でツアーが中止となり、その代り、この日に振り返られたのだった。

　冰峪沟は大連の小桂林と呼ばれている場所で、大連の中心部から車で２～３時間走った庄河の近くにある。小桂林と呼ばれるからには、さぞ山水画のような霊妙な景色に出会えるに違いない。

　わたしはそのように期待を胸に膨らませていた。

　冰峪沟のことは１９９０年に大連に留学していた頃、生田さんから、〝桂林のようなところが大連にあるらしい″という話を聞いた覚えがある。

　今回の大連旅行で、〝どこを観光しようか？″と考えてみたとき、まず、そのことを思い出した。

　本物の桂林なら、２００２年に行ったことがある。両岸をさまざまな奇巌奇峰が立ち並ぶなかでの河下り、まさに雄大で絶妙な風景というべきか。幽玄な山水画のなかをさまよっているような感覚を覚えた。

（もし、大連に桂林のようなところがあるというなら、どんなところか、行ってみたい）

　わたしはそのような強い思いにかられた。

そして、それが実現することになった。

　朝の６時半にツアー出発。

　バスは走りながら、どんどんツアー客を乗せて行く。

　わたしの隣りにはおばさん２人組が座った。

　そのうちのひとり、王というおばさんと仲良って、わたしはこの王おばさんとしゃべりながら、バスのなかで過ごした。

　そのうち、ポツポツと雨が降って来る。

　幸いにも小粒な雨が降るだけで、大雨にはならない。空を見上げると曇り空だが、明るさもある。

　このまま大雨にならないで欲しいとわたしは天に願った。

　１０時をちょっと過ぎた頃、バスが停まり、わたしたちは昼食を食べることになった。そのとき、わたしは、とても美しい娘に会った。同じツアーバスのなかにいたのだ。彫りの深い顔立ちで、どうみても中国人の顔立ちではない。まるで西洋人のような顔立ちだった。わたしは一瞬、その美しい娘に見とれた。

〝中国人なの？外国人なの？″

と、わたしはそう問いかけようとしたが、その娘はどこかに去っていた。わたしは残念に思いながら、食卓に着いた。すると、とのとき、美しい娘が同じ食卓にいた。娘はわたしの隣りに座っていた王おばさんと会話する。

『どこから来たの？』

『海南島』

この娘は海南島から来たのか。娘はわたしに聞いていた。

『どこから来たの？』

『日本』

食事が終わって、バスに戻るとき、わたしは娘に聞いてみた。

『あなたは中国人か？』

すると娘は×××族と云った。

『少数民族か？』

と問うと、

『そうだ』

と答えた。

『ひとりで来たのか？』

『妹と』

海南島の少数民族だったのか。それにしても目鼻立ちが西洋人そっくりだ。わたしはこの美女にひどく惹かれた。

食事は麻花が出てきて、それがとても美味かった。揚げたての麻花ってあんなに美味いものかと初めて知った。

　バスはすぐに冰峪沟に到着。桂林を思わせるような奇峰が連なって、わたしたちの目の前に姿を見せているが、桂林と比べるとかなりスケールは小さい。

（なるほど小桂林だ）

　と、わたしは写真を撮りながら、思った。

わたしたちの冰峪沟巡りはまず、船でのクルージングから始まった。河を堰止めたダムのなかを船は小桂林の風景を見せながら、ゆっくりと巡って行く。

雨がちょっと強く降って来た。

先程の食事休憩のとき、近くに小さな商店があったので、合羽を買っておいたが、それがよかった。降りが強いので、ベチャベチャになっていたところだろう。わたしは王おばさんに写真を撮ってもらったり、王おばさんの写真を撮ったりしながら、ちらちらと海南島の美女のほうに目をやっていた。

海南島の美女はスマホで自撮りをしている。

船を降りる。そして、また船に乗る。山水画のなかをのんびりと時間は過ぎて行く。王おばさんが写真を撮ってくれる。しかし、海南島の美女とはあれ以来、まだ少しも話をしていない。

わたしは海南島の美女と話しをする機会が欲しいなと美女を行方を目で追いながら、他のツアー客とボートで河下りをしたり、ロープウェーイで奇峰の山頂まで登ったり、筏で河遊びをしながら、時間を過ごしていた。

もうそろそろ冰峪沟での遊びも終わりだろう、結局、海南島の美女とは話せずじまいだったかと思って、筏を漕いでいると向こうで海南島の美女がわたしたちの写真を撮って、そして、笑って手を振っている。

わたしは笑顔で海南島の美女に向かって、ポーズを決めた。

その後、移動の車に乗ったとき、海南島の美女がわたしに撮った写真を見せてくれた。そのとき、わたしは、〝写真が欲しいから、写真を送ってくれ″と強引にでもアドレスを渡せばよかった。

しかし、バカなことにわたしにはできなかった。

結局、海南島の美女との接触はそれだけとなってしまった。王おばさんがわたしを撮った写真を見せて、〝欲しい？″と云ってきた。

わたしが、〝パソコンに送って欲しい″と云うとそれは面倒だと云うので、結局、写真はもらえなかった。

帰りのバスで王おばさんが、昼に残った麻花をくれたり、飴玉をくれたり、水をくれたり、ゴミを捨ててくれたり、やたらと世話を焼いてくれた。

えらい親切で、なんだか、息子のような扱いだった。

ありがとう。王おばさん。

おかげで、楽しい旅だった。

ツアー客、全員と仲良くなって、とてものんびりとした冰峪沟での１日だった。