ロシア街

　中山広場から上海路を駅方向に向かって、歩いて行くと日本の植民地時代に日本橋と呼ばれた大きな橋にぶち当たる。今は勝利橋と呼ばれているその橋の向こう正面に一軒の古ぼけた洋館が建っていた。ロシアの植民地だった頃の建物らしい。建物の周りは寂れた風景で、特別、何もなかった。わたしが大連に留学していた１９９０年頃、橋の付近はまだそんな感じで、ロシアの植民地だった名残がわずかばかりに残っているだけの場所でしかなかった。

　ところが、２００８年、彼の地を訪ねてみるとそこはロシア風情街と名付けられ、道を挟んだ通りには、ロシア産の煙草やチョコレート、マトリョーシカ、ロシアの軍備品などを扱う露店が建ち並ぶ大連市内で有数の観光街へと大きく変貌していた。２０００年あたりから、観光地として開発されたらしい。

　通りは人通りも賑やかで、呼び込みの声がうるさく、何度も呼び止められた。

　わたしはお土産にロシア産のチョコと煙草を買った。

　今、旅順ツアーから思ったより早く帰ってきたわたしは他にすることもなく、ロシア街の入口まで来ている。

　人通りは少ない。観光客が少ないのだ。

『タバコ！タバコ！タバコ！』

　いきなり露店の店主がわたしの姿を見ると大声で声をかけてくる。

　そして、すり寄って来て、ロシア産の煙草を見せながら、叫ぶように云う。

『タバコ！タバコ！タバコ！』

　よく見るとヌード写真の付いたエロチックなタバコのケースがある。これは２００８年のときにはなかったものだ。それだけロシアの秩序が乱れてきているということだろうか？

　いや、それは考え過ぎか？

　よくわからない。

　わたしはエロチックな煙草をひとつだけ土産用に買った。

『チョコ！チョコ！チョコ！』

　ちょっと歩くと、またも呼び込みがわたしに向かって、かかってくる。

　そして、店の中に引きずかれていく。

　わたしも中国には随分と慣れてるつもりなのだが、こうした強引な呼び込みには本当に弱い。それもここロシア街は大連でも特に呼び込みが強引な感じがする。しかし、中国ではこれが一般的で別に強引でも何でもないようで、わたしの持ってる本のなかに井上純一という漫画家が書いた「中国嫁日記」という中国人を嫁さんにした作者の日々のカルチャーショックな体験を作品にしたものがあるのだが、作者の中国嫁は上野のアメ横が大好きらしい。そのわけというのがアメ横の呼び込みが中国っぽくて好きなのだそうな。

　なるほど。たしかに。

　中国に買い物に行くとあのような光景が日常的に行われているのである。

『チョコ！チョコ！チョコ！』

　軽いし、値段も安いし、贈っても嫌がられたりはしないので、土産に７枚ほど買った。

　琥珀もあっちこっちで売っている。琥珀は大連の特産らしいが、天津街では売ってるところを見かけなかった。旅順でもどこでも売っていなかった。それが何故かロシア街では至るところで琥珀が売られている。

　理由については知らない。

　別に聞こうとも思わない。

　何故か��金正恩将軍ご愛用の煙草″というのも売っていた。

　買おうかなと思ったがやめた。

　悪趣味っぽく思えた。