四季亭

　水族館から帰って、夜になった。外はまだ雨が降り続いている。

　風呂も入った。本も読み飽きた。

　あとすることは・・・。

（晩飯を食べなくてはいけない）

　折り畳み傘は帰る途中、あまりの激しい風に遂にぶっ壊れて、使い物にならなくなった。したがって、外に食べに行くことはできない。

　とすると、なかで食べる以外にはないか・・・。なかというと・・・大連賓館のなかには中華料理と日本料理の店があり、中華料理のほうは初日に食べた。

しかし、正直云って、味付けが雑というか大雑把というか、繊細さが無いというか、・・・とにかく、あまり、美味いとは思わなかった。

　そういえば、日本料理は大連に来てから、まだだった。

だから、日本料理を食べることに決めた。

（四季亭かぁ・・・）

　暖簾（のれん）をくぐる。

　誰も出てこない。客もいない。

　わたしは厨房に入って行き、女将さんらしき女性に声をかけた。

　女将さんはすっかり暇をしていて、壁か何かを見つめていたが、わたしの声に驚いて、

『いらっしゃい』

と云って、慌てて、厨房から出てきた。

　なんだかサービス精神の欠片もないような対応だった。

　まず、最初にわたしはメニューを見せてもらうことにした。

　カルフォルニア・ロールのようなヘンテコな寿司もある。欧米人用にメニューに加えたのだろうか？そのわりに宿泊客は中国人か日本人しか見かけなかったが・・・。

　なんだが、どれもこれも美味しそうに見えない。

　わたしはまず青島ビールを注文し、それからかつ鍋定食を頼んだ。

　メニューを見ているうちになんだか、それが１番無難に思えたからだ。

　定食が来るまで、ビールを飲んだ。

　それにしても静かな店内だ。物音ひとつしない。

そりゃ、そうだ。わたししか客がいない。

（・・・静かだ。・・・なんて静かなんだ）

　・・・と、思っていると、後ろから『ママ！』、『ママ！』と幼子の声がする。

　うしろは小部屋で障子戸が閉められていたのだが、そこから声がする。どうやら、他にも客がいたらしい。

『ママ！』、『ママ！』、『ママ！』、『ママ！』、

　と、幼子はずっと母親に何かを叫んでいる。

　わたしはそれをずっと聞きながら、ビールを飲み、かつ鍋を食べていた。

　厨房では店員たちが何か談笑している。

　一体、何をしゃべっているのだろう？

『ママ！』、『ママ！』、『ママ！』、『ママ！』、

　障子が開くと母親が幼子をかかえて、外に出て行った。そのあと、父親が出てきて、店に金を払って、出て行った。

　わたしも食事が終わったので、勘定することにした。障子が開いた小部屋を覗くと誰もいないと思っていた部屋にお婆さんがひとりだけ残っていて、大きく目を見開いて、唖然とした表情で何かを見つめていた。

　かつ鍋を食べた後、追加で鯖と白身魚の寿司を食べた。

　が、残念ながら、日本のコンビニで売ってるロボットが作った寿司よりももっと美味くなかった。